「今日は右上に仮歯を入れたので、硬いものはしばらく左で噛んでくださいね」——チェアサイドで必ず言うこの一言を、患者さんの名前入りの動画にして、QRコード1枚でお渡しします。作るのは診療の合間の短い時間。ご家族と一緒に、家で何度でも見返せます。
これは患者さんが不真面目なのではありません。麻酔が効いていて、緊張していて、聞き慣れない言葉が並ぶ。その状態で聞いた話が全部残るほうが不思議です。そして家に帰ってから、いちばん大事な会話が始まります。
「で、なんて言われたの?」
——この場に、私たちはいません。
ご家族に相談して決める治療は、たくさんあります。そのとき患者さんの記憶だけを頼りに説明が再現され、そこで判断されている。私たちが丁寧に話した内容は、その場に届いていません。紙のパンフレットを渡しても、たいてい読まれません。一般論だからです。
スマホでQRコードを読むと、2〜3分の短い動画が始まります。イラストとナレーション、そして字幕つき。冒頭は、こうです。
ここで効いているのは、技術的な派手さではありません。「自分のために作られたものだ」と伝わるかどうかです。名前が呼ばれること。今日やった処置の話が出てくること。この2つがあるだけで、見る姿勢も、言われたことの信頼度も変わります。一般向けの動画を100本並べるより、その人向けの1本のほうが強い。
患者さん専用の動画を作れること自体は、実はそんなに難しくありません。難しいのは、それを毎日の診療の流れの中でやることです。1本作るのに10分かかるなら、絶対に続きません。当院がいちばん手をかけたのは、ここです。
動画の合成は、院内のパソコンだけで完結します(ナレーション音声も、映像の組み立ても)。つまり患者さん1人ごとに動画を作っても、追加費用は発生しません。1本いくら、という仕組みだったら「今日は作らなくていいか」という判断が毎回入り、結局使われなくなります。迷わずに使える価格=0円であることが、続く条件でした。
チェアサイドで「今日の説明、あとで動画でも見られますよ」と伝えて、受付でQRカードを渡す——診療の流れに足した動作は、実質これだけです。準備の重さはぜんぶ裏側(AI側)に寄せて、人の動きは変えない。それがこの仕組みを続けられている理由です。
台本づくりにはクラウドのAIを使いますが、名前を入れたあいさつ部分は院内だけで合成しています。クラウド側に患者さんの名前は渡っていません。ここは仕組みとして分けてあります。
その人のための動画を、いつまでも置いておく理由はありません。90日で自動削除。URLも推測できない形にしてあります。定番動画のほうは無期限で、印刷用のQR一覧シートも用意しています。
説明する担当者を選ぶと、その人に登録した声とキャラクター画像に自動で切り替わります。「いつも担当してくれる人が話している」感じに近づけるためです。内容によって声を変える設定もしています。
「根管」「仮歯」「大川内」——AIの読み上げは、歯科用語と人名をよく間違えます。読み方辞書に1行足すだけで直り、字幕の表記は元のまま保たれます。使いながら育てていく部分です。
電車の中でも、音を出せない場所でも見られます。耳の聞こえにくい方やご高齢のご家族にも届きます。「家族と見る」ことを前提にすると、字幕は必須でした。
動画は「その人に絞った短いもの」、紙は「網羅的なもの」。役割を分けた二段構えです。動画で全部を説明しようとすると長くなり、長い動画は見られません。
名前を呼ぶ。今日の話をする。
それだけで、同じ内容がまったく別の重さで届きます。
最初から「患者さん専用」を目指さないでください。当院も、そこには段階を踏んで着きました。6日でv1からv20まで作り直した末の形です。
AIで自分の仕事の道具を作っている方、いま何かを試している方。業種は問いません。使っている機材のこと、選んでいるAIのこと、うまくいかなかったこと——何を作っているか、ひとことでも添えてもらえるとうれしいです。